角松敏生

He is Back for the Future

1998年8月15日 新潟テルサ


5年ぶりの復活ライブ

 93年以降、アーティスト活動を凍結していた角松敏生。凍結中も他のアーティストのプロデュース活動や「アガルタ」としての長野五輪の閉会式出演など音楽活動は続けていましたが、離婚のショック等でソロ名義の活動はしていなかったのですね。世間の大多数の人はそんな事情は知らなかった(笑)と思いますが、ついに活動再開しました。私も角松のライブは93年の武道館での凍結ライブ以来5年ぶりです。


ファンも5年ぶりに解凍です

 復活後はシングル1枚しかリリースしていないので、会場の客層は5年前のファンと変わらず、という感じで、ただでさえ年齢層の高い角松ファンの高齢化(失礼)がさらに進んでいる。子供連れも多数。みんな5年間角松を待っていたんでしょうねぇ。こんな熱心なファンがいるとはありがたいものですよね。普通5年もブランクが空いたら、忘れ去られても不思議はない。


バンドは超一流メンバー

江口信夫(Dr)
青木智仁(B)
浅野祥之(G)
小林信吾(Key)
友成好宏(Key)
田中倫明(Per)
春名正治(Sax)
山田洋(Manipulater)
みやうらかずみ(Cho)
高橋かよこ(Cho) コーラスの2人は漢字が分からん。

 〜という5年前と変わらぬ角松バンド。ただし、ドラムだけはポンタでも石川雅春でもなく、江口信夫に変更されてました。江口氏も上手いんですが、きっちりとした16ビートで、やはり角松サウンドにはポンタのハネたドラムが合うと思う。ちょっと残念でした。しかし、江口氏は打ち込みと同期するのにヘッドホンを使わず、モニターからクリックを聞いているみたいなんですよね。曲頭で客席が静かになった時にクリックが2カウントくらいステージから聞こえてくることがありました。こういうドラマーは初めて見ました。


ライブ序盤・早くもバラードが

 新作のリリースがないので、普段(といっても5年前だが)はあまり演奏しない意外な曲も聴かせてくれました。曲順を追って詳細に検証していきましょう。もしかしたら曲順は記憶違いがあるかも?

1. No End Summer
2. I CAN GIVE YOU MY LOVE
3. 飴色の街
4. Melody For You

 バンドメンバーが揃ってしばらくしてから角松本人が登場。まず“No End Summer”のサビ(?)を少し歌ってから、“I CAN GIVE YOU MY LOVE”へ突入。イントロのキメの迫力に圧倒される。WOWOWの武道館の放送を見た時はあまりかっこいいとは思わなかったけど、生で聴くとやはりメチャクチャ上手い。また、“Melody For You”を生で聴くのは私は初めてでした。

5. Desire
6. Ramp in

 そして、早くもバラードを演奏。“Ramp in”のピアノをライブで小林氏が弾くのは初めて聴いたような気がします。友成氏のピアノよりもかなり力強い演奏で、やはり打ち込みを使わない曲のほうがいい演奏をしてくれるメンバーだと感じる。


ライブ中盤・新曲を披露

7. shibuya(新曲)
8. 何もない夜(新曲)

シングルが売れないとアルバムが出ない」というMCの後、新曲を披露。作風は“All is Vanity”の頃の延長線にあるか? とりあえず離婚ネタ以外の曲も作れるようになったことに安心する。

9. Devotion(小林氏&春名氏のデュオ)
10. 角松DJソロ
11. All Is Vanity

 青木氏作曲のインスト曲をピアノとサックスのデュオで聴かせた後、懐かしいターンテーブル2台とシンセドラムが用意され、角松本人のソロタイム。ターンテーブルでスクラッチをしつつ、シンセドラムを叩く、というパフォーマンスだったんですが、これが大問題。「最近の若い衆がやっているのを見て、昔自分もやっていたのを思い出した」と言ってましたが、あの程度のスクラッチなら誰でも出来る。それに今時シンセドラムを叩かれてもなぁ。そんな「浦島太郎」状態の角松とそれを喜んで見ている客にかなり不安を覚えました。


ライブ終盤・怒涛のNYファンク攻撃

12. Realize
13. OKINAWA
14. Remember You
15. Never Touch Again
16. After 5 Clash
17. Tokyo Tower
18. もう一度...and then

 解凍後の初シングル“Realize”の後、なんと“OKINAWA”。二度とライブで聴くことはないと思っていたので驚かされる。“OKINAWA”の重い16ビートはそのまま“Remember You”へ繋がる。こういう曲はやはり角松バンドの得意技ですな。80年代のニューヨーク系ファンクを演らせたら天下一品。
 そして、なんと“Never Touch Again”を演奏。角松のNYサウンド(ルーサー・ヴァンドロスとかね)への憧れが素直に表現された懐かしい曲。続いての“After 5 Clash”は、私は歌が入るまで“Girl In The Box”だと思ってました(笑)。コード進行が同じだからなぁ。
 昔懐かしい打ち込みを使った“Tokyo Tower”の後は、今回のツアーを予感して作っていたのでは? と思える“もう一度...and then”へ。最も期待していた曲だったのですが、どうもパッとしない演奏でした。チマチマとした打ち込みなんか使わず、全部生でスリリングな演奏を聴かせて欲しかったし、最後は角松と浅野氏のギターソロバトルを期待していたんだけどなぁ。この曲で本編はあっさりと終わる。


アンコール・お約束の世界

19. Girl In The Box
20. Take You To The Sky High
21. No End Summer

 やはり、角松のライブといえば“Girl In The Box”。これは5年たっても変わらない(笑)。お馴染みのシンセ・ソロのパートでは、演奏は打ち込みにまかせて、友成氏が一升瓶(越の寒梅だったらしい)を持ってステージを歩くという「日本酒ソロ(笑)」もあり、大うけ。
 で、“Take You To The Sky High”で紙飛行機を飛ばすのも5年たっても変わらない(笑)。尋常ではない量の紙飛行機が飛び交う。5年間待ち続けていたファンの想いが爆発した瞬間でした。アンコールは8ビートの“No End Summer”で終了。青木氏が珍しくピックでベースを弾いていた。


そして、ダブルアンコール

22. 崩壊の前日

 最後の曲は阪神大震災の被災者のために作ったという“崩壊の前日”。このバラードはいいです。大震災云々を知らなくても十分何かが伝わる曲だと思う。歌に魂がこもっていて、演奏も今日のベストの出来。角松にはこういう曲を作っていってほしいと思う。
 終わってみれば3時間にも及ぶ、角松の復活にふさわしいライブでした。


角松サウンドは90年代に通用するか?

 角松ファンの人なら「復活してくれてヨカッタ、ヨカッタ」で終わるところですが、音楽ファンの私としてはかなり不安を感じたライブだったのも事実です。
 80年代後半〜90年代初頭にかけての角松サウンドは、「打ち込みと生演奏のミックス」「デジタル・サウンドの導入」というコンセプトがとても魅力的だった。あの頃は僕も角松サウンドに憧れていたんだけど、あれからもう10年近くたつのに、当時と変わらぬ方法論でのライブを見せられると、「本当に大丈夫か?」と言いたくもなる。
 残念ながら角松の打ち込みのセンスはもう古い。“VOCALAND”等の最近の角松プロデュース作を聴いても、極端な話、今井優子の“Do Away”や中山美穂の“Catch The Night”の頃と大差ない。“角松敏生1981-1987”でのかっこ悪い打ち込み(特に“AIRPORT LADY”はひどい)にはがっかりしました。それが角松サウンドの持ち味だ、と言ってしまえばそれまでですが、時代はもっと進んでいるのです。


角松はなぜ打ち込みに固執するのか?

 今回のライブでもバラード以外のほぼ全曲で同期演奏が行われていましたが、“Tokyo Tower”や“Girl In The Box”は仕方ないとしても、あまり打ち込みの必要性のない曲も多い。あれだけの豪華なメンバーなんだから、全部生で演ってくれた方が演奏のテンションも上がるように思うのですが。
 特にWOWOWでの武道館ライブを見ていると、“WAになっておどろう”でも同期演奏してますよね。あのサンバのリズムを使った曲でなぜ打ち込みを使う必要があるのか、理解に苦しみます。


角松はなぜ山下達郎になれないか?

 もちろん「山下達郎的な地位」という意味ですが(笑)。
 山下達郎と言えば、日本音楽界で絶対的な信頼を得ているわけで、古くからのコアなファンはもちろん、新しいファンもどんどん獲得していますよね。多分、角松が復活してから理想としているのは、山下達郎みたいな活動状況だと思うんです。音楽的な指向性、エンジニアリングまで含めた広範囲の知識等、角松には山下達郎に負けないくらいの才能があると思うんですけどねぇ。
 やはり、初期の軟派なイメージと80年代の最先端の音作りが原因でしょうか? あまりにも時代の音を取り入れすぎると、色あせるのも早いですよね。山下達郎の昔のアルバムは今聴いてもかっこいいけど、角松の80年代中期のアルバムは今は恥ずかしくて聴けないもんなぁ。「ヒップホップを日本語ポップスに取り入れた」という歴史的な価値はあると思うけど。


正念場は次のアルバムとライブ

 私は個人的には“Girl In The Box”も“Take You To The Sky High”ももうライブで演らなくてもいいと思う。あの頃の曲は、90年代も後半の今となっては発想が古すぎる。10年前のヒット曲で食っていくなんて、演歌歌手じゃないんだからさ。
 今回のツアーは5年前のファンが相手のライブだから仕方ないけど、角松が本気で新しいファンを開拓したいと思っているなら、今の若者相手に“Girl In The Box”みたいな古くさい打ち込みリズムがドカドカ鳴る曲を聴かせたらダメだよね。“Take You To The Sky High”にしても、「いい年したオッサン、オバサン(私もその一人だが…)が嬉々として紙飛行機を飛ばす図」というのは、部外者から見れば相当寒い光景でしょう。いつまでも「若い頃の思い出のサウンド」を求め続けるファンにも問題はあるわな。
 次にリリースされるだろうアルバムとそれに続くツアーで、どんなサウンドを提示できるかで、解凍した角松への評価は決まるのでしょう。色々厳しいことも書きましたが、“崩壊の前日”で感じられた人間の生命に対する深い洞察と愛情。こういう感覚があるから角松のファンはやめられないんだよね。

 



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